2015年3月6日金曜日

福島県の米のセシウム汚染の状況:軽微な汚染の測定法

福島の農産物、特に米のセシウム汚染が2014年はなかった、という報道が昨年の秋頃にあった。正確に言えば、「基準値を越えるような汚染はなかった」というべきだが、人々の頭には、微妙な表現は丸められ削られて入る傾向がある。

NHKでも先日「福島の農産物の売り上げを回復するためには」という内容の番組が流れていた。もう福島の農産物は汚染されていないから、どんどん食べましょうということだと思う。NHKの今の会長はかなり政府寄りの考えをもった人だというから、この手の番組が出てくる度に、政府のプロモーション番組かなと見なしてしまう人は結構いるかもしれない。(そういえば、NHKの9時のニュースのキャスターは、反原発の立場をとっているらしく、それが元で3月末で降板してしまうとかいう噂を耳にした。)

福島県のホームページには、米の放射能検査の結果が公表されている。ほとんどの検査が「測定下限値未満」となっているが、2014年の10月13,16,18日あたりの結果を見ると、ちらほらと「下限値以上」の結果となった検体が報告されている。だいたいが30Bq/kg程度の値で、検出限界値25Bq/kgと同じ程度だ。ということは、福島産の米は、だいたい25Bq/kg前後の平均値でまんべんなくセシウムに汚染されているのでは、という推測をしてもいいだろう。この「推測」を許してしまうのは、下限値と平均値がだいたい同じ程度にもかかわらず、下限値を下げる努力をせずに、測定を25Bq/kgで切ってしまっているからだ。福島県は、100Bq/kg以下だから大丈夫、と高飛車な態度を取るのではなく、1検体でもよいから、徹底的に高精度で測定を行って、消費者の疑問に真摯に答える努力をするべきだろう。

福島県の測定ではゲルマニウムを使った検出器も利用しているようだが、ほとんどの検査に用いられた主力機種はNaIをつかったシンチレータだ。ということは、測定下限値が25Bq/kgというのは、測定時間が20分程度しかないということを意味する。このレベルの測定がどういう測定なのか、今日は考察してみたいと思う。

私が使えるガンマ線スペクトロメータは、ドイツBerthold社のLB2045という機種で、NaIを利用しているので、福島県の主力機種と同等の性能を持っている。この器械の測定時間は、最長で18時間。

そこで、同じ検体を18時間と0.25時間(15分)の2種類の測定時間で行い、その精度の違いを比較してみた。測定に利用したのは、信州東南部にある松原湖付近の山林で採取した森林土(採取は2014年8月、測定は2015年2月)。測定結果は、69Bq/kg(18時間)と73Bq/kg(15分)であり、だいたい70Bq/kgという結果となった。お役人の方々が、「放射能のレベルを知るだけなら、15分でも十分な精度が出る」と考えたとしても無理はない。無駄な仕事を嫌う人なら「18時間なんて測定したら時間と労力と金の無駄」と考えるだろう。果たして本当にそうなのか?

検体土壌を採集した場所は山梨県との県境に近くに位置し、八ヶ岳の東斜面、千曲川の西岸にある。千曲川の東向こうは県境の山岳地帯で、埼玉県の秩父山地に接している(実は群馬県とも接していて、その昔日航機が墜落した御巣鷹山が近くにある。御巣鷹山は群馬県に属する)。この場所には、セシウムのプルームはやってきたが、かなり薄まっていたようで、それによる汚染は軽微であると考えられる。LB2045が算出した約70Bq/kgという値が、「軽微な汚染」を意味するかどうかは、ガンマ線スペクトルを見て判断する必要がある。
18時間で測定した検体のスペクトル。
ピークAはPb-214、BはCs-134とBi-214の混合ピーク、CはCs-137、
Dはほとんど無くなっていて見えないがCs-134に相当するピーク。
EはK-40のピーク。Pb-214, Bi-214,K-40は天然に存在する核種。

まずは、18時間で測定した結果を見てみる。LB2045では、測定時間を18時間にすると、測定限界が2.66Bq/kgとなる。福島県の測定精度の凡そ10倍の精度に相当する。
LB2045が放射能強度を算出するとき、Cs-134のピークBに、Bi-214(ビスマス214)の寄与が混じってしまう。Cs-134から出る606keVのガンマ線と、Bi-214から放出される609keVのガンマ線を分離(区別)する事ができないのだ。これはNaIシンチレータの性能に伴うエネルギー分解能(の粗さ)に由来する(ゲルマなら分離できる)。

Bi-214はU-238の崩壊系列に属し、Pb-214と共存することが多い。この検体でもピークAがはっきり見えていて、Pb-214が相当量存在していることを示唆している。また、事故から4年経ったということは、事故直後に比べてCs-134の量はCs-137の1/4、つまりピークCの高さの25%に低下していなくてはならない。にもかかわらず、ピークBとCがほぼ同じ高さになっているというこは、ピークBはCs-134だけの寄与ではないことを意味している。この解釈を支持するもう一つの理由として、Cs-134の2つ目のピークであるピークDがほとんど目立たないことも挙げられる。

以上の点を考慮すれば、算出された放射能レベルは実際の倍程度と見積もる事ができる。つまり、Bi-214の寄与を引き、Cs-134の減衰を考慮すれば、小海町の土壌は若干のCs-137による汚染で、35Bq/kg程度であろう。Cs-134の寄与がほとんどないということは、この土壌の汚染は「軽微」であると結論してよいだろう。

さて、この検体を15分で測定したら、どんなスペクトルが得られるだろうか?
15分測定で得られたスペクトル
上のグラフが、同じ小海町の検体を15分で測定した場合のスペクトルだ。LB2045の設定では、測定限界は19.52Bq/kgで、福島県の測定精度とほぼ同じだ。グラフを見るとわかるように、統計誤差が大きく、スペクトルはガタガタだ。ピーク構造ははっきりせず、セシウムによる汚染があるのか、天然核種の寄与がどれほどあるのか、まったく判断できない。専門家が見たとしても、「目立ったピーク構造は見られず、(測定精度の範囲で)この土壌には汚染がない」と結論してしまうかもしれない。

18時間の測定では「Cs-137が主な汚染原因の軽微な汚染がある」と判断できたものが、わずか15分の測定では「汚染なし」という結論になってしまう。つまり、15分程度の測定でも検出されてしまうような汚染レベルというのは、(ゲルマで測る必要等ないほど)相当な汚染レベルであるということだ。

福島県の測定ではスペクトルを公開していないから、どんな判定をしているかはわからないが、検出限界を上回る値が出た検体に関しては、確実にセシウムが残留していると言えるだろう。幸い検出限界を下回った検体に関しては、「軽微な汚染」以下である確率が高いだろうが、Bi-214の寄与が混ざった状態で放射能レベルが算出されている可能性があり、実際よりも高く見積もられているかもしれない。長時間測定を行えば(あるいはゲルマで測れば)、セシウム(特にCs-137)のピークが立ち上がっているはずだろうが、それは10-20Bq/kgという低い値になっているだろう。このように、汚染が弱いものほどゲルマで測るべきで、福島県のやっていることは科学的にみれば「できの悪い学生」のやっていることと同じ内容といえる。

測定時間を延ばしたり、ゲルマを使った測定をして、検出限界値を1Bq/kg程度(あるいはそれ以下)まで落とせば、2014年の福島県産米はきっと平均25Bq/kg程度にまんべんなく「汚染」されていることだろう。この結果を公表するときに「検出限界値以下」と丸めてしまうとむしろ不安を煽る。「100Bq/kg以下だから、法律上は可食であって販売してもよい」というだけに過ぎず、消費者にしてみれば「汚染がある」ことには変わりはないからだ。消費者は「どんなに汚染が弱くても、どのくらいの汚染が残っているのかを知りたい」のだ。

ちなみに、福島県の測定の10月18日の結果をよく見ると、いわき市の2つの検体がNaIで異常に大きな値を示したため、ゲルマニウム検出器を使った再検査に回されたことが記録されている。その結果は、72Bq/kgと100Bq/kgだったそうだ。法律の「文言」では「100Bq/kgを越えた」検体だけが販売禁止となるので、100Bq/kgジャストな場合、「2014年のお米は全て基準値を下回った」ことになるのだ。役人の作文能力、イベント処理能力ってすごい!


0 件のコメント: